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バレンタインの豆知識②

バレンタインにチョコレートを贈るのは日本独自の習慣だった!?

バレンタインデーといえばチョコレートを思い浮かべる人がほとんどだと思いますが、バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣は日本独自のものです。
海外でもバレンタインデーにチョコレートを贈ることはありますが、カードや花束、お菓子を恋人や家族、友達に贈る習慣の一つの選択肢であって、日本のようにチョコレートが主役ではありません。

では、日本のバレンタインデーでどうしてチョコレートがこのように定番化したのでしょうか?

日本では、1958年頃からバレンタインデーが流行しました。一説によると都内デパートで開かれたバレンタインセールで、チョコレート業者が「バレンタインにはチョコを贈ろう」と広告を出しキャンペーンを行ったのが発端だそう。
最近ではクッキーやマカロンをプレゼントする人も増えているようですが、それでも「バレンタイン」といえばチョコレートですよね。

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バレンタインの豆知識

【「バレンタイン」は人の名前だった!?】
白い木の上に大証の小包が置かれその周りにハートがたくさん置かれている写真

「バレンタインデー(St.Valemtine’sDay)」の歴史はローマ帝国の時代まで遡ります。

当時ローマでは、2月14日はすべての神々の女王ユーノーの祝日で、翌日の2月15日はルペカリアの祭りが行われる日でした。
このお祭りでは、男性が桶の中から女性の名前が書かれている紙を引き、相手の女性と祭りの間パートナーとして一緒に過ごすことになっていたそう。
そして、パートナーとなった多くの男女はそのお祭りで恋に落ち、結婚したと言われています。

西暦3世紀頃のローマ帝国皇帝・クラウディウス2世は、若者が戦争へ争いに行きたがらない理由は、愛する家族や恋人を故郷に残すことを躊躇する気持ちにあると確信し、結婚を禁止してしまいました。

しかしこれを受け、キリスト教司祭のウァレンティヌスはかわいそうな兵士たちのこと想い、内緒で結婚式を執り行っていました。
そのことがやがて皇帝の耳にも入り、怒った皇帝は法を無視したウァレンティヌスに罪を認めさせ、二度とそのようなことがないように命令しました。しかし、ウァレンティヌスはそれに従わなかったため、処刑されてしまいました。

ウァレンティヌスの処刑日はユーノーの祝日であり、ルペカリアの祭りの前日である2月14日があえて選ばれました。
以降、毎年2月14日はウァレンティヌスが処刑された日として国民でお祈りをするようになったそうです。

「バレンタインデー」の「バレンタイン」とは、若者たちの愛を取り込もうとしたキリスト教司祭の名前「ウァレンティヌス」のことだったのですね。今では「ウァレンティヌス」は「聖バレンタイン」という聖人として広く知られています。

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神前結婚式の由来

日本の神話の中で、性別を持って生まれたいざなぎのみことという男神といざなみのみことという女神が天の御柱を巡って結ばれ、この日本に多くの神々をお生みになり、日本という国が始まりました。いざなぎの命といざなみの命の二人の神様のように、深く結ばれ、また新たな命を生み、育み、次世代へ受け継がれていく、結婚式にはそんな願いが込められています。
結婚式は数多い人生儀礼の中でも、重要な慶事の一つに数えられており新たに家族を築くという意味合いにおいても意義の深い儀礼であるといえます。

現在のような神社における結婚式の形は明治三十三年五月十日皇室婚嫁令により皇太子であった大正天皇と九条節子姫(貞明皇后)が宮中賢所大前において執り行われたご婚儀が、大きな影響を与えております。

翌三十四年、この婚儀に基づき定められた神前結婚式の次第は一般でも日比谷大明神(現・東京大明神)において行われ、全国各地に普及するようになりました。

こう説明すると、神社における結婚式は明治時代、新たに創出された儀礼のように受け取られることがありますが、儀礼の内容を見ると各家庭を式場として行われてきた伝統的な婚儀の形を参考としていることが分かります。

この形は家庭の床の間に、いざなぎの命、いざなみの命の御神名の掛け軸や自ら信仰する御神名、また縁起物の絵巻の掛け軸などを飾り、その前に御饌御酒を供えお供えした御神酒を三三九度により新郎新婦が戴くことにより夫婦の契りが結ばれるという信仰に基づくものです。

特に家庭から神社へと式場が移っても、この考えには変わりがありません。

現在の神前結婚式は、家庭における婚儀の形や諸礼家の作法を集大成し我が国の伝統的な考え方を継承したものとなります。

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お歳暮の由来と豆知識③

【お歳暮のお返しは不要】
お歳暮に対するお返しは不要ですが、きちんとお礼の意を表すのはマナー。配送されてきた場合には、すぐにお礼状を出すのが基本です。親しい間柄なら電話やメールでも構いません。

【「のし」の付け方】

お歳暮にはのし紙をつけ、水引きは紅白の蝶結びを使うのが決まりごとです。
でも、魚や肉などの生ものを贈るときには、正式にはのし(のし紙の右上につける飾りのこと)をつけません。それはのし自体が生ものの象徴なので、意味が重複してしまうからです。のしのない、水引きだけの掛け紙を使います。

【知っておきたい「のし」の由来】
普段私たちが「のし」という言葉を使うときには、主にのし紙のことをいいますが、本来「のし(熨斗)」とは、熨斗鮑(のしあわび)を紙で包んだもので、のし紙の右上についている飾りものを指します。

【(あわび)は吉事のお供え物だった】
昔から吉事には海産物を贈る風習がありました。伊勢神宮では2000年も前からあわびをお供えするようになり、やがて日持ちのする「熨斗鮑」(のしあわび)が奉納されるようになりました。
熨斗鮑は、あわびの肉を薄くそぎ、干して琥珀色の生乾きになったところを竹筒で押して伸ばし(のし)、さらに乾燥と伸ばしを繰り返して作ったものです。

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お歳暮の由来や豆知識②

【贈るもの】
かつては塩鮭、数の子、塩ぶりなどの魚介類が多く贈られました。とくに鮭やぶりなどの出世魚は「年取り肴」といって、年越しに食べる風習があり、塩引きされたものは長期保存も効くことから、お歳暮としても好まれました。
この時期登場する「新巻鮭」は、鮭が「裂け」に通じて縁起が悪いので、塩鮭をわらで巻いて贈るようになったものです。

今でもお歳暮には年越し・正月に使える食料品を贈るのが主流です。産地直送品や老舗、こだわりのグルメなどバラエティに富んでいますが、大切なのは相手に喜んでいただけること。先方のご家族の好みのものを選ぶとよいでしょう。

【贈る相手】一般的には、身内は両親、親戚などと、仲人、先生、先輩、上司、取引先、知人、友人などお世話になった方に贈ります。
基本的には同等以上の方に贈るものですが、とくに決まりがあるわけではありません。
また、一般的に仲人へのお歳暮は3年間でよいといわれています。
会社によっては贈答品のやりとりを禁止している場合もあるので注意してください。

※喪中の場合
お歳暮はお祝いごとではなく日頃の感謝を伝えるものなので、当方・先方のいずれかが喪中でも差支えはありません。ただし、四十九日が過ぎていない場合には、時期をずらして「寒中御見舞」「寒中御伺い」にしたり、紅白の水引きを控えたりすると良いでしょう。

【お歳暮の相場】
金額は、両親や上司など目上の方に対しては5,000円程度、友人など気軽な相手に対しては3,000円程度が相場です。おつき合いの度合いによって相場も違います。特別にお世話になった相手には1万円を超えることもあります。
お中元とお歳暮の両方を贈る場合には、お歳暮のほうが高額になる傾向があります。いずれにしても、お互いに負担にならない程度のものが適切です。

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お歳暮の由来や豆知識①

お歳暮の由来
年の瀬に、祖先の霊に塩鮭、するめ、数の子、塩ぶり、魚介類の干物などを供えるため、嫁いだ娘や分家の者が本家に供物を届けたのが始まりです。
その後、年末に帰省できない子どもや遠方に住む親戚が、祖先の霊や年神様(新年の神様のこと)に供える供物を本家に贈るようになり、やがて、日頃お世話になっている親類や上司などにも贈られるようになりました。
「歳暮」はもともと年の暮れという意味の言葉ですが、次第に年末の贈り物の呼び名として使われるようになり、定着しました。

お歳暮のマナー
贈る時期
12月上旬から12月25日頃までに、先方に届くようにします。

地方によっては12月13日から贈り始めます。これは、お歳暮が正月のお供えものだった名残りで、正月事始め(12月8日または13日。地方によっては事納めという)から正月準備が始まり、すす払い(12月13日)で家や仏壇がきれいになってから届けると考えたことに由来します。また、年末に近づくほど正月準備も進むため、25日までが目安となります。

年を越しての贈り物は「御年賀」(松の内である1月7日まで。関西地方では15日まで)とし、それ以降は「寒中御見舞」「寒中御伺い」(大寒が終わる2月3日頃まで)として贈ります。

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事始めなど年始を迎えるための風習②

「煤払い」

12月13日には煤払い、今でいう大掃除を行います。煤払いとは年神様をお正月にお迎えするために1年でたまった汚れを払って清めることを言います。江戸城で12月13日に煤払いを行っていたが江戸の庶民にも広まり、煤払いを行うようになったのだそうです。昔は薪を燃やして暖を取ったり料理をしたりしていたので、文字通り煤が普段掃除しないようなところにたまっており、天井や壁を清めて煤を落としていたのだと思われます。高いところの煤を掃うには煤梵天という道具が使われ、これは竹ざおの先に藁を取り付けたものだったそうです。

商家、特に大店と言われるようなところでは、煤払いが終了すると主人を胴上げして祝宴を行ったそうです。煤払いを行っていた理由としては、家を隅々まできれいに清めることで、年神様がご利益を沢山持ってきてくれるとされていたからだそうです。そのため、暮らしの中の大きな行事として煤払いを盛大に行っていたそうですよ。

「松迎え」

事始めで少し書きましたが、お節料理の調理に使う薪や家に飾る門松をつくるのに使う松を調達するために山に入ったことを松迎えといい、これも12月13日に行われていたそうです。日本人にはお歳暮を贈る習慣がありますが、これはお正月用のお供えものの名残なんだそうです。

「煤払い」や「松迎え」を行うことで、年神様やご先祖様を迎える準備が整い、同時にそれが新年を迎える支度となるようです。

「年男」

年男は最初にお節料理にお箸をつけるなど、家によっては今でも何か風習が残っているかもしれません。現在では新年に干支を迎える男性のことを「年男」といいますが、昔はお正月の行事をすべて取り仕切る人のことを「年男」と言ったのだそうです。家長が「年男」を務めることが多く、大掃除からお正月の飾りつけ、そしてお節づくりまでのすべてのお正月関連の行事を仕切るのが「年男」でとても忙しかったようです。それを次第に長男や若手がするようになり、今日ではお母さんがこの一斉を行ったり取り仕切っている家が多いですよね。

いかがですか?お正月を迎える前に、一年間お世話になった方に送るお歳暮や、寒い時期でも寒さを我慢して行う大掃除の意味や謂れがわかりましたでしょうか。今は昔からの言い伝えや迷信などは忘れられる傾向にあるためか大掃除は比較的暖かいうちに済ませてしまおうと早めに行われる家々もあるかと思います。本日ここまで読んでくださって、12月13日に掃除を行う意味も分かったことですし、今年の年末は来年の家族の幸福を願って、12月13日に掃除をしてみるのもいいかもしれませんね。

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初詣の意味や由来②

【ついでに初詣でのおみくじの意味も知ろう】
初詣のおみくじ

初詣でついつい引いてしまうのがおみくじです。

おみくじは本来、仏様や神様の意向をうかがう神聖な占いの儀式の一つでした。

仏様や神様からメッセージやご利益をいただくという意味もあります。

おみくじの結果には大吉から大凶まであり、良し悪しの順番は諸説ありますが下記の2種類が一般的です。

[7種類パターン]

大吉>中吉>小吉>吉>末吉>凶>大凶

[12種類パターン]

大吉>中吉>小吉>吉>半吉>末吉>末小吉>凶>小凶>半凶>末凶>大凶

凶を引いてしまうとショックですよね!

しかし、凶や大凶は「これ以上下がることはなく後は上がっていくだけ」と、とても良い結果だと言う説もあります。

お寺や神社によっては、おみくじに凶以下のおみくじが入っていない場合もあるので安心してくださいね。

おみくじはお寺や神社の木に結んでいったり、持ち帰って神棚に上げたり身に着けて持ち歩いたりします。

木に結ぶのは「仏様や神様との縁を結ぶため」「木の生命力にあやかって願い事が実を結ぶように」と言った意味があります。

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初詣の意味や由来①

初詣とは新しい年が明けて初めて、お寺や神社へお参りすることです。

お正月の3が日や松の内(7日、または15日まで)、遅くても1月中くらいまでには初詣に行くという方が多いのではないでしょうか。

初詣の由来は平安時代からある「年籠り(としごもり)」という風習から来ていると言われています。

大晦日から元旦にかけて氏神様のいる神社にこもり、新しい年の豊作や安全を夜通し祈願するという風習です。

やがて、年籠りの風習は大晦日にお参りをする「除夜詣」と元旦にお参りをする「元日詣」の2つに分かれます。

江戸時代頃までは元日詣では「恵方詣」とも呼ばれ、その年の恵方の方角にあるお寺や神社を参拝していました。

その後、時代の流れとともに簡略化され元日のお参りだけが残り、交通網の発達により氏神様や恵方にこだわらずに好きなお寺や神社にお参りに行くようになりました。

「初詣」という言葉が使われるようになったのは大正時代頃と言われています。

【改めて初詣に行く意味を知り、新年を気持ちよくスタート】
初詣とは新年にお寺や神社を参拝して、昨年一年を無事に過ごせた感謝を伝えると共に新しい年の幸せを願う行事。

初詣は、仏様や神様がお寺や神社にいらっしゃる時期に、1年間無事に過ごせた感謝と、今年も無事に過ごせますようにと、新年のご挨拶と幸せの願掛けをするという意味があります。

お正月の松の内の期間(関東は1月7日まで、関西は1月15日まで)はお寺や神社に、その土地を守る氏神様がいらっしゃると言われています。

このような歴史や由来、意味を知ったうえで訪れると、感慨深い新鮮なお参りとなりそうですよね。

また、新しい年が始まるとなぜだか気持ちも新たに身の引き締まる思いがします。

新年に新しい気持ちで家族と一緒に初詣に行くというのも、新しい年を気持ちよくスタートさせる行事の一つと言えるのではないでしょうか。

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年賀状の由来や豆知識などなど③

【年賀状の作成はいつから?】

新年の挨拶として年賀状を送るなら、ふさわしい時期に届くように発送したいものです。お正月気分が抜けてから届く年賀状では、あまり体裁はよくないでしょう。

一般に「松の内」と呼ばれる7日までなら許容されるとも言われますが、松の内の解釈も15日までとする説もありますので、新たな年を迎えた喜びがあるうちに届けるのがマナーです。

【元旦に届けたいならいつから作るか】
年賀状の準備には、それなりに手間がかかるものです。労力をかけて送るのですから、できればきちんと元旦に届くように手配しましょう。

しかし、投函は、ただ早ければよいものでもありません。なぜなら、早すぎると一般の郵便と判断され、時季外れの配達になってしまう恐れがあるからです。

確実に元旦に届けたいなら、12月20~25日を目途に投函することをおすすめします。それ以降だと、三が日を過ぎてからの配達になってしまうこともあります。

【年賀状期間が過ぎたら寒中見舞いに】
「どうしても年賀状の準備ができなかった」「大切な人に出し忘れてしまった」。そのようなケースもあるでしょう。それでも春の前にあいさつ状を送りたい時には、どうすればよいでしょうか。

その場合には、寒中見舞いにするという手があります。寒中見舞いという言葉を初めて耳にする人もいるかも知れません。しかし、以前からある風習の一つです。

暑い時期に相手の体を思いやる暑中見舞いは広く知られています。同様に厳しい寒さの中でも健康で過ごしていることを願い、寒中見舞いを宛ててみてはいかがでしょうか。

寒中見舞いは、喪中の家庭への年賀状代わりの挨拶としても活用できます。